72mの海底へ。スティングレイ・ジャパンが挑む沈船「スカンジナビア号」潜水調査開始の背景【前編】 

かつて静岡県沼津市西浦木負沖に35年以上係留され、ホテル兼レストランとして親しまれてきた「スカンジナビア号(旧ステラ・ポラリス号)」。2006年、その船は生まれ故郷であるスウェーデンへ曳航中、和歌山県潮岬沖の水深72mに沈み、以降、海底で静かに時を重ねてきました。そこから約17年の時を経た2023年3月、このスカンジナビア号をめぐる潜水調査が、SSI XR(エクステンデッドレンジ)トレーニングセンターとしてテクニカルダイビングに特化した「スティングレイ・ジャパン」によって開始。これまで十数回の潜水調査を実施してきましたが、2025年4月に、再び現地での潜水調査を実施。さらに、5月には、縁の深い沼津の地で一般向けのトークイベントも開催し、本船に思い出のある多くの方が足を運びました。 

沼津市西浦木負沖に係留されていた純白のスカンジナビアの麗姿(写真:スカンジナビア資料館HPより)

SSIでは今回、潜水調査を主導するスティングレイ・ジャパンに取材を行い、本プロジェクトの中心人物でありSSI XRトレーナーとして活動されている野村昌司氏に、潜水調査の背景についてお話を伺いました。なぜこの船に、いま光を当てるのか。水深70mを超える環境に沈むこの船が、テクニカルダイバーにとってどのような意味を持つのか。本記事では、その実践の裏側と、ダイバーたちの想いに迫ります。

なぜ、いまスカンジナビア号を調査するのか?その背景とは

SSI広報(以下、──):まず、今回の調査対象となっているスカンジナビア号について、野村さんがその存在を最初に意識されたのは、いつ頃のことだったのでしょうか? 

野村氏:2000年ごろから、ずっと目にはしていました。私たちは当時、大瀬崎でのダイビングに通っていて、その途中で、係留されていたスカンジナビア号が毎週のように見えていたんです。ただ、そのときはあくまで通過するだけで、特に船に立ち寄ったりすることはありませんでした。 

──では、そこからこの船に対して関心を持ち始めたのは、どのタイミングだったのでしょうか? 

野村氏:2006年、スカンジナビア号が売却されて、曳航されるという話を聞いた頃ですね。そのあと、沈没したという話が業界内で広まって、「あの船が沈んだらしい」という情報は入ってきました。ただ、その時点では沈んだ場所もはっきり分からず、潜るという発想はありませんでした。しかし、その翌年くらいに、海外のテクニカルダイバーの方がその沈船に潜ったという話を知人から聞いて、「あの船、潜れる場所にあるんだ」と。そのとき初めて、「いつか行けたらいいな」という気持ちが芽生えました。 

──そこから実際に調査をスタートされるまでには、少し時間が空いているんですね。 

野村氏:はい。当時からテクニカルダイビングには取り組んでいたのですが、このスカンジナビア号が沈んでいるのは、水深70mを超える場所。ここへ潜るためには、ヘリウムを含んだトライミックスガスの使用が前提になります。日本ではこのヘリウムの流通量が少なく、価格も高いため、当時は今よりも入手が難しくて、なかなか計画を立てるのが現実的ではありませんでした。それに、今一緒に潜水調査を行っているスティングレイ・ジャパンのスタッフである鈴木雅子・智子も、当時はまだダイビングを始めて1〜2年ほどの頃でしたので、チームとしての体制も整っていなかったんです。 

──では、潜水調査の機運が一気に高まったのは、どのようなきっかけからだったのでしょうか? 

野村氏:大きなきっかけは、3年ほど前の2022年。和歌山県串本町にあるダイビングショップ「ダイブクーザ」の代表である上田直史さんへテクニカルダイビング講習を開催させていただいたときです。上田さんから「スカンジナビア号、行ってみませんか?」とお声がけいただいたのです。 

何はともあれ、まずは位置をしっかり確認しようということで、GoProを沈めて確認してみると、マスト(帆を張るために使用される、垂直な柱)のようなものが映っていて。その映像から「間違いなくスカンジナビア号だ」という確信が持てました。その後、上田さんが関係各所に潜水可能範囲の確認を取ってくださり、2023年3月に、ついに初めて潜ることができました。 

GoProの映像を興奮しながら確認 
スカンジナビアに潜ると、美しい船が静かに時を重ねている

──この船の調査にどのような可能性を感じられたのでしょうか? 

野村氏:スカンジナビア号は、これまで国内にはなかったタイプの沈船です。戦時中の軍艦などとは違い、もともとは豪華客船として建造され、その後レストラン船としての歴史も持っている。そういった背景を持つ船が、誰の目にも触れない深さに沈んでいるというのは、それだけで探る価値があると感じました。 

さらに、当時はまだ誰も詳しく現在のスカンジナビア号の様子を知らず、全貌が見えていませんでした。深度的にも簡単に潜れる場所ではない分、調査そのものに挑戦のしがいがありますし、日本のテクニカルダイバーが目指す新たな目標として整備していける可能性を感じたんです。 

年月の経過とともに、多くの生き物たちの住処となっており、船に固着する生物や小型~大型回遊魚で賑わっている

70m超の世界へ。たった30分のミッションにかける装備・技術の裏側 

──スカンジナビア号が沈む串本沖72mの水深は、一般のダイバーにとってはなかなかイメージが湧きにくい環境だと思います。この深さに潜るために、どのような器材や装備が必要になるのでしょうか? 

野村さん:まず、装備に関しては、ヘリウムを含んだトライミックスガスの入手が難しいので、準備や計画には時間もコストもかかること。また、潮の流れに対応するためにDPV(スクーター)を使用することもあり、器材の点数が非常に多くなります。装備の重量も増えるため、水中での扱いや浮力管理に関する経験値も求められます。

潜る際の実際の装備。テクニカルダイビング用のDPV、そして使用するガスは複数種類をアプローチする深度に合わせて5~6本携行

──スキルについてはいかがでしょうか? 

野村氏:今回は沈船内部へのアプローチも行うため、ディープダイビングとレック(沈船)ダイビング両方のスキルが必要です。ボトム滞在時間は30〜35分ほどに限られますので、その短い時間で効率よく調査や撮影を行うためには、事前の動線設計や明確な役割分担が不可欠です。 

さらに、このポイントではアンカーラインなどの基準物がない“ブルーウォーター環境”(広い海の中層を、目印なしで潜降・浮上・減圧停止する状況)も想定した潜水になりますので、器材だけでなく、浮力やナビゲーションのスキルが極めて重要です。 

──そうした実践に、SSI XRのトレーニングはどう活かされていますか? 

野村氏:SSI XRはシステムとしての完成度が非常に高く、実践的な状況に即したトレーニングができるのが特徴です。XRトライミックスダイビングXRテクニカルレックダイビングDPV(スクーター)ダイビングなど、各コースで得られる知識や技術は、現場でそのまま活かせます。実際、今回のような条件下で安全に潜るためには、これらのスキルはすべて必要です。 

──潮流の影響も無視できない要素ですよね。 

野村氏:はい。このエリアは黒潮の影響が非常に大きく、場合によっては二枚潮(海の上層と下層の潮の流れる方向や速度が異なる状態)のような複雑な潮が流れてしまうような日もあります。そうなると、流れが強くてエントリーすらできないこともあるんです。ここ6年ほどは、黒潮の「大蛇行」が起きており、そのおかげで比較的穏やかな日が増えていました。今は黒潮が戻っているので、流れのタイミングを見ながら調査を進めています。 

──調査そのものの難しさや、潜水中に工夫すべき点などはありますか? 

野村氏:潜水調査では、多くの関係者の方々にお力添えをいただき、かつての船体図面や過去の外観写真と照らし合わせをしています。「この場所は当時のホールだったのではないか」「ここが客室かもしれない」といった推定を立て、現在の構造を確認・記録しています。 

 ──潜水調査にはどのような体制で臨まれているのでしょうか? 

野村氏:今回、実際に潜水調査に入るのは私含め3名ですが、サポートダイバーが4〜5名同行しています。いずれもスティングレイ・ジャパンでテクニカルトレーニングを積んできたダイバーで、長年の消防の水難救助や救急隊員としての経験を持つ方などを含むメンバーです。安全管理のための要員として不可欠な存在です。ガス準備、緊急時対応、潜水後のチェックなど、すべてをチームで連携して進めています。 

スカンジナビア号の今後の調査展開 

──スカンジナビア号の潜水調査について、今後どのような展開を見据えていらっしゃいますか? 

野村氏:現段階では、まだ沈船の全容を明らかにするための初期調査段階にあり、「どこに何があるのか」「どのルートで内部にアクセスできるのか」といった構造的な把握と記録の整備を主な目的としています。また、スカンジナビア号はかつて結婚式場として使われていた経緯もあり、地元の方の中には強い思い出を持っている方もいらっしゃいます。そのため今後は、船の構造だけでなく、当時の用途に基づいた“記憶”の空間を再発見・再現していくことも考えています。たとえば「ここが当時の式場だった」とわかる場所を現在の映像で記録に残すことで、その文化的価値も可視化したいと考えています。 

──沈船というだけでなく、人々の記憶とつながった場所として扱っていくのですね。 

野村氏:そうですね。一般的なレックダイビングでいうと、水中に人工物が沈んでいることに対するロマンやアドベンチャー要素などに魅力を感じる方も多いかとは思います。一度そのレックポイントに潜ったからといって終わりなのではなく、人が使っていた痕跡や物語が残る船だからこそ、その船が持つ歴史や背景、関係者の皆様の想いなども理解した上で、丁寧に向き合う必要があります。 

──お話を伺い、スカンジナビア号という船が、単なる「沈んでいる構造物」ではなく、人々の記憶や感情と深く結びついた存在であることをあらためて感じました。だからこそ、調査や整備に向き合う一つひとつの姿勢が、今後の在り方にも大きく影響していくのだと思います。野村さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。 

次回【後編】では、4月の潜水調査で明らかになった新たな発見や、テクニカルダイビングのポイントとしての今後の展望についてさらに深掘りしていきます。 

「スカンジナビア号」潜水調査の関連リンク 

東京新聞(6月17日掲載) 
今も人々の心に…沈没の「スカンジナビア号」「ふね遺産」に決定 沼津沖、ホテルやレストランで活躍

沼津市NET(5月24日掲載)  
沼津と白い客船をつなぐ記憶「スカンジナビア号の物語」トークイベント開催

静岡新聞(5月18日掲載) 
客船スカンジナビア「崩壊進み、魚のすみかに」ダイバーら沼津で講演、記憶後世へ

NHK 関西NEWS WEB(5月27日掲載) 
海に沈む「白い女王」 ダイバーたちの挑戦

NHK WORLD-JAPAN News(6月4日公開) 
Finding the Stella Polaris: Sunken luxury cruise ship 

NHK WORLD-JAPAN NEWS – YouTube(6月5日公開)
Finding the Stella Polaris: Sunken luxury cruise ship

NHK おはよう日本(6月13日放送)
海に眠る”白い女王”ダイバーたちの挑戦  

スティングレイ・ジャパンについて 

スティングレイ・ジャパンは、神奈川県伊勢原市を拠点に活動するSSI XRトレーニングセンター。テクニカルダイビングをはじめとするアドベンチャーダイビングといった、より高度で専門性の高い分野を提供しています。ダブルタンクやサイドマウント、ディープ、沈船ダイビングや洞窟ダイビングなど、多くのダイビングスタイルに対応しており、インストラクター自身も常に現場で潜り続けることで、最新の知識と技術を確実に提供できる体制を整えています。具体的な目標を持つダイバーや、さらに深く海の世界を探求したい方々を、技術面・安全面からしっかりとサポートしています。 
▶︎詳細は公式サイトをご覧ください

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